霊能者シリーズの私の迷い(中国大連事件)③

 

(前回②からの続きです)

このブログを書こうとした理由は
2つあるんです。一つは前回②のブログでも書きました
様に、

私たちが中国に行く理由は、①ヒーリングスクールのアロママッサージ
を大連病院に参入させること、

②ベイリー先生の心理学を学ぶこと

③ちょっとだけ観光する。

という行程でしたが、
今考えるとそんなのは表面的なこと
だったのだ。

その裏側の私たちの本当の働きは、
戦時中〜戦後における

満州からの帰国者達が通った
(行倒れてしまった)経路を、

私たちがバスで走るという選択肢しか
最初からなかったのかもしれない。

日本に帰りたかったのに半ば
夢断たれた兵隊さん達を、

憑依されるという役目を受けて顔
私達は彼らと一緒に故郷に帰ってくる
というシナリオ。


そう思うと全が腑に落ちてくる。

相次ぐ理由のわからない
飛行機や高速道路の閉鎖が起き、

結局は、
兵隊さんたちが引き上げる道を
私たちが通ることになったのも、ただの偶然とは言えないだろう。

中国に行くちょっと前に、
私が日本で浄霊専門の霊能者の指導を、

ちんぷんかんぷんなりに受けて
いたのも、

タイミンがが良すぎる。

だからヒーリングスクールの先生が、
何が何でも私を中国に連れてくるように
促したのも、

この裏のプロジェクトを果たすのに
私が行くことが都合が良かったのかも
しれない。

何と言っても笑っちゃうのは、

結果的に大連病院のアロママッサージ
の参入は、

どこ吹く風か、しっかり頓挫し、

私はこの中国の旅のほとんどは、
バスの隣の席で死に至るくらいに衰弱
したSさんの介助に時間を費やし、

しかもベイリー先生の心理学を
私とSさんだけ受講できなかった。

観光にしてもヒーリングスクールの
先生は、観光先で突然倒れられた。

つまり観光した記憶がほとんどないのが、
今回の中国ツアーでありました。

ここまでは私も理解しながらBlog
に書いたのですが、

それから15年以上経って、
私にも気がついていない課題を
発見してしまったのです。

 

このタイトル、
「霊能者シリーズの私の迷い 」にここで
初めて触れることになります。

ここまで、引張ておいてごめんなさい。
イライラされる方もいらっしゃるかも
しれないね。

でもね、ここまでのプロセスを
きちんと書き、理解してもらわないと、

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結構怖いのね。

何がって?

私にもよくわかんない・・・顔

でも、このエネルギーを
丁寧に扱わせて貰いたいのです。

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ごめん。
おいら、次からちゃんと進むだがのぅ。

<続く>