ジャスミンの花の季節が来て、 

間も無く、花盛りは通り過ぎて行きそうな
気配。
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(う〜ん、いい匂い)
この山盛りのジャスミンの花は、
 友人の家のお庭に咲いていたのね。
お庭のバラを見せて貰い、
どこかでジャスミンの香りが漂っているのを
感知しつつも、
薔薇に気をとられて、
ジャスミンの花に気付かなかった。
友人だけど大好きなお姉さんに、
「那旺ちゃん、良かったら
ジャスミンの花を持って帰る?」
と聞かれて、ちょっとびっくりです。
ジャスミンの花は、
私にとって大きな大きな存在なのを、
「姉さん、お判りでっしゃろか??」
っと、ふと思ったからだ。
かつて、愛犬メリーと別れ離れになって
しまってからずいぶん経った頃のこと。
メリーの命があと1〜2ヶ月位しかないと、
医者に言われた息子が、
メリーとの最後の別れをさせてあげようと、
私の家に連れてきてくれた。
すでに8年振りに再会したメリーは
骨と皮になり、艶のなくなったポヨンポヨン
の毛と、殆ど視力を失って、目だけが付いている感じ
に見えた。
メリーと再会してから、
私はジャスミンの花が
近所にたくさん咲いている事を知りました。
毎日、必死こいて生きていたから、
近所の道や気配なんて、
ただの当たり前の環境としか
捉えられていなかった。
ゆっくりゆっくりと、年老いたメリーの
歩調に合わせてお散歩して、
初めて気づいたジャスミンの香り。
病気のメリーは10メートルも歩くと、
ふらふらでしたから、
散歩の途中で抱っこして、
一緒にジャスミンの花に顔を近づけて、
「メリー、どうよ。この香り、好き?」
っと聞くと、
もう五感が効かなくなってきたメリーなので、
首をぐったりとして反応はあまりなかった。
普通にそこにあった自然の恩恵を、
私は今までスルーしていたんだなぁと、
改めて教えられた。
その後のメリーは、
私の持っているアイテムや施術で復活を
遂げることになり、
小走りも階段も上れる様になり、
それから楽しい2年半を過ごしてから
とうとうお別れの時が来た。
老衰となったメリーの最期の時も、
今日の様にジャスミンの花が満開でした。
今年は余りにも忙しく、
「ゆっくりジャスミンを堪能する
時間がないなぁ〜」と、
思っていたら、
すでにこんなにたくさんのジャスミンが
テーブルの上にある。
と同時に、
ジャスミンの花に意識を向けるだけで、
形は見えないけど、
確かにここに
メリーを感じられている。
メリー
(メリーちん! 大好き
呼べば直ぐにメリーが近くにやってきて、
ほっとするひとときを味わっています。
ジャスミンをくれた友人、
本人は全く気付いていないが、
かなり凄腕のスピリチャル星人なのだ。
彼女はジャスミンと私とメリーを結ぶ、
ストーリーを全く知らない。

あれから1年、愛犬のメリーが逝ってから・・・

去年の今朝がよみがえる。

悲しかったし、恐かった。
失うことの痛み。

涙がそれを癒してくれる。

声を上げて泣くことが、私を解放してくれる。

一緒に泣いてくれる人が傍にいてくれる安堵感。
悲しみを共有してくれる人がいる事は本当に有りがたいものです。

2014-05-13 09.25.23

メリーが教えてくれたジャスミンのある小道。
彼女がいなかったら、こんな光景も気づかずにいたでしょう。

今はジャスミンの咲く季節、この花の香りが、
私の記憶の中で、メリーと同化しています。

 

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18歳まで、大きな病気もせずに生きたあなたに感動しています。

メリーに本当の意味での命の尊さ、生きることの素晴らしさ、
愛すること、寄り添う事とはどういう事なのかを、教えてもらった。

口も聞けないのに、なんでそんなことを教える事ができるのだろか?

私は教えてもらった事を人に伝えられるよう、
今そこに向かっています。

言葉にはならない愛のレッスンを教えてくれたメリーは、

私の最高の師匠です

 

 

 

まだ若くてアイコンタクトが出来ていた頃の

メリーの写真を携帯壁紙にしたら、心がめっちゃ落ち着いた。
携帯を開ける度に、瞬発的に私は「メリー」って呼んでる。

私が悲しんでいると、あり得無い場所からメリーの毛が現れる。

毛が靴下にへばり付いていたり、服に付いているのなら兎も角、
昨日の朝は台所の一番高い棚から出てきた。
それも、キラキラしら長ーい毛が1本。

もう二度と拝めないのだから、捨てるのもったいない気がしたけど、
執着だからと思って捨てた。
捨てた時に、胸がキュンとなったハートブレイク

喪失感から脱出するために、癒されて元気になる音楽のCDを
誰か教えてくれないかなって思っていた。

友人から外に呼び出されお茶をした後、
私は一人でインテリア雑貨を覗いていた。

そうしたら、「ここだよ!」ってメリーらしい声が聞こえたの。
犬は普通「ワンワン!」って言うのは当たり前なんだけど、
でも、メリーが鼻で私をノックした風な気がして、

    やっぱり、「ここだよ!」わんわんって教えてくれたんです。(私、相当ヤバイかしら?)
  
    目の前は、視聴出来るCDの小さなコーナーだった。

だから、その合図の御陰で私は、とても元気になるCDが買ってこれたのだ。
絶対に私が選べないはずのジャンルの音楽だった。

メリーが亡くなってから、
何回も掃除機や拭き掃除を真剣にやったのに、
今日は絶対に捨てなくて大丈夫な場所にメリーの毛を3本見付けた。

それは、キッチンの椅子のシートの裏なの。

メリーが椅子の下をウロウロしていた時に、
椅子の裏のネジに毛を挟んで抜けたんだね。
だから、私は椅子の裏に挟まれた、
ゆらゆら椅子揺れているメリーの毛を今度こそは捨てないで、
メリーの3本の毛を、自分だけが知っているオブジェとして
楽しむ事にしました。

今日は10年ぶりに戸越銀座に用事があって、
御嶽山から歩いてみようとチャレンジしたら、1時間半掛かりました。

でも、戸銀座越に着いてみてから、私が何で電車で8駅もある道を
歩いてみる気になったか意味が分かったの。

戸越銀座近くの国道を歩いていたら、まだ、生まれて間もないメリーを
貰って来たペットショップ店の前に立っていた。

これも、メリーが私を楽しませてくれるアイディアなのね!
「メリーが一番可愛かった頃の、生きる命で溢れていた頃の
メリーを思い出して、お母さん!」
って教えてくれた気がした。

  メリちゃんは恐るべしスピリチュアル犬だわ。

耳が聞こえないのに、私が祝詞をあげるときに限って、
私の足の間に入って来て、私の足を片一方踏みながら、
祝詞が終わるのを待っているのよ。
変わった奴だなって思っていたけど、
毎回お勤めの様にそうしてたわ。

メリーはこれからも私の為に働いてくれるのかな?
今日も出掛ける時に携帯携帯を忘れて玄関を出たけど、直ぐに気づいた。

携帯にメリーの壁紙があるから、これからは携帯を忘れない気がする。
メリーが「ワンワン、しっぽフリフリお母さん忘れてるよ」って教えるから。

       読者の皆様、メリーに関わってくださった皆様、
             本当にありがとうございました。

思えば、1年半前にメリーはもう長くはないと
息子の哲が見せに来てくれました。

8年も会わなかったメリーは、下痢が止まらず、激やせの状態でした。
その姿を見て、私は覚悟を決めていたのですが、

今私が持っているたくさんの代替療法で奇跡が起きるかもしれないと、
メリーを預かりました。

メリーは大変辛かったであろう好転反応を抜け出し、
同じ犬とは思えないほど、若さや体重、体力を取り戻しました。

治療が終わった時は、もう会えないだろうと覚悟を決めて、
メリーを返したのですが、哲が味をしめたのか、
1ヶ月半に1度くらいの割合で預けに来ます。にひひ

少し弱ってしまったメリーを、だいたい3週間ほど預かってまた元気にして、
帰す事が習慣になりました。

因みに実家でメリーが大事にされていないわけではありません。
ちゃんと大切に扱って貰っています。

ただ、メリーはかなりのお年寄りなので、ケアをすればするほど
元気になります。

でも、去年の8月に哲が岩手県に仕事で行くことが決まった時は、
連れてきてくれる人がいないので、
これがメリちゃんとの最後の時間だと思ってたくさん愛しました。

と、思っていると、哲がいなくても、
東京にいる哲の彼女がメリーを連れてきてくれました。

で、人に手を煩わせてお願いするのもなんだからと、
最終的には私が自主的に1ヶ月半に1度、メリーを
連れて来れるようになりました。

家から離れて行った私が、こんなことが出来るなんて
想像もしていませんでした。

メリーも死に際から何度も復活したけれど、
私も同様に、メリーとは、これで生きて会うことはないと思って
接していたので、帰すときはとっても辛かったです。

でも、こうやって、狼少年のようにチャンスが何度も巡り、
最後の最期までメリーとの時間を分けて貰いました。

メリーは行ったり来たりしなかったら、もっと安定したお世話を
してもらえただろうにと思うと、少し忍びなくなります。

メリーはお役目通りに、人と人を繋ぐ仕事を果たし、
また、私のやっている代替療法の結果もメリーが体を張って
出してくれました。

さて、私が10年間向き合っていなかった問題に
私が取り組んでからは、
チャネラーの言っていた通り、
3日後に、メリーは精根尽き果てて、水も飲まなくなった。

これで、メリーのメッセンジャーとしてのミッションが完了
しようとしています。

それでも、メリーは私のお迎えを待ってくれて、
一時はノニジュースで復活し掛かったが、
最期には、ジャスミンの花咲く道へ抱っこされつつも、
私と一緒に花の香りを味わう時間を作ってくれた。

そして、13日の朝、私に寄り添って、命を大往生してくれた。

私はこんな賢いメリーを本当に本当に誇りに思う。

    「メリー最高!メリー超愛しいドキドキ音譜ラブラブバンザーイ」

出棺の時、私は、
      「メリー、また向こうで会おうぜい!」と手を振った。パー

 ワッショイ、ワッショイ、合格メリーが肉体から解放されたよ、
ワッショイ、ワッショイ!メリーの誕生日!クラッカー

メリー誕生日 平成 6年6月25日
メリー命日  平成25年5月13日

そして、改めて、家族の皆様、ありがとうございます。(TдT) アリガトウ

これで、「メリーの奇跡」と言うテーマは幕を閉じます。
改めて御礼を申し上げます。

$弾ける笑顔 クオーレテラピー-めりちゃん$弾ける笑顔 クオーレテラピー-若いメリー

私は、去年の12月頃、能力の高いチャネラーのお婆さんに
成り行き上、メリーのリーディングをして貰う事になりました。

チャネラーは、メリーの言葉を読みました。
犬なのに喋れるの?わんわんって言う人もいるでしょうが、
赤ちゃんでも大人とちゃんと同じような会話が出来ます。

言葉とかの問題だけのことで、魂は
人間も犬も植物も鉱物も一緒かと思います。
ちゃんと「思い」が宿っています。

チャネラーはメリーをリーディングして、こう言いました。
「私は、お母さん(私のこと)とお父さんの架け橋になります。
その役目が終わったら私は死にます。」…と。

メリーが役割をちゃんと果たすために私たちに仕えてくれていたことに、
改めてメリーの言葉の重みを受け取りました。

10年間、きちんと向き合っていなかった問題を、私は5月4日に
向き合うことにしました。
これ以上、私のエゴでメリーの役目を終わらせてあげないわけには
行かないからです。

でも、メリーの役目が終わればメリーは死んでしまうかもしれないしょぼん

チャネラーは一言、「悲しいね~(´;ω;`)」とつぶやいた。

結果的に
メリーは完璧なタイミングで人と人を繋げる架け橋になり
その役目を終えました。

役目を終えた3日後にメリーの容態は、静かにあちらの世界に
旅立つ準備を整えたのです。

死にかかった1年半前から、ここまで命を繋ぎ、
ゆっくりとゆっくりと、メリーは無理なく私に教えたくれた。

生きるとはどういうものか、家族とはどういうものか、
老いるとはどういうものか、愛を受け取るとはどういうものか、
愛を与えるとはどういうものなのかドキドキ

何にも言葉を発しないでも、私がちゃんと理解できるように、
丁寧に教えてくれた。

こんな映画みたいなシナリオってあるでしょうか?

ペットをお持ちの方、改めてたくさんいる中で選んだペットとの
縁が、ただの偶然ではないことがお分かりになるやもしれません。

 <次回最後です>