私に影響を与えた人⑥

 

前回の続きで言うと、

次男の小学校時代の同級生の母。。
Kちゃんのことをお話しすると言っていました。

ですが、
どうしても、言葉が降りてこない

書こうと思うと、真っ白になってしまう。

すんまへん。

ちょろっとわしにお時間をおくんなまし。

 

ダウンロード

(すんまへんにゃん)

 

私にとって、この話はとっても重要な
ことらしいので、
そう簡単には書かせてくれないのだ。

 

で~、

こんなお話はどうでっしゃろか?

 

最近思うに、おばあちゃん子って、

性格が優しくて大らかで、キャパが大きくて

その人の本来持っている才能が、
凄く発揮しやすいんだろうなぁって
思うんです。

人を観ていて、それがな〜んとなく、わかるのね。

「ねぇねぇ、あなた、おばあちゃん子でしょ?」

と聞くと、

「えっ?なんでわかるの?そうそう、
私はずっとおばあちゃんに可愛がられて育ちました」

って具合に。。

 

そういう私はおばあちゃん子ではないのだが。

父方からも母方からも、
可愛がって貰った経験は殆どない気がする。

そんなこと言ったら罰当たりかな?
特に母方のお祖母ちゃんには、

毎日遊びに行った上に、
小さな金額だったけど駄菓子を買う
お小遣いも毎度貰っていたはずだ。

 

そもそも、おばあちゃん子っていう立場
いったい誰が決めるんだろか!!

数いる孫の中でも特別に相性がいいとか、
特別に目をかけて貰ったとか、
おばあちゃんが単純に好きでなついていたとか・・
そういう印象で、家族の誰かが決めるんかな?

で、それを本人が受け取った時に
「おばあちゃん子」という称号を手にするのか!

 

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(あんたは、私の宝物なんよ~)

 

最近こんな話を聞いた。

「うちの母って、
日々使うお金がないと言って嘆いているくせに、
孫に沢山お金を残して死にたいからって言って、

絶対に使わないっていうんです。」

 

なかなか立派なおばあちゃんかもしれませんが、
注目したいのは何かというと・・、

「絶対に使わない!お金を残して死にたい」

という、おばあちゃんの動機が
どこからわいて来るかですがね。

 

死んだ後に、
「おばあちゃんは私の為に残してくれたんだ〜」

って、
孫から感謝して貰えることもあるでしょうが・・、

 

おばあちゃんの動機が、
「私は孫にお金を残せるほど、立派な人だった」
と思われたくて、

 

死んだ後の自分が世間様から賞賛されたくて
そうしているとしたら・・どうでしょうか。
もしかして・・孫から、

「この程度の金額しかくれないんだ、ばばぁの奴、
やっぱりケチだな!」

なんて言われちゃったりして顔

 

やっと、あの世で気づくんでしょうかね。

「私はなんてバカだったんだろうか!」と。。(後悔)

または、「おのれ〜許さん!」
と怒りまくっているかの・・どちらかかもしれません。

 

私はここで、
こんなシミッタレタ話をしたかったのではない。

 

話す

(シャーマンの雰囲気よん)

 

私の心に光を落としてくれたおばあちゃん
お話をしたかったのだ。

でも、それが大したエピソードではないので、
ここまで引っ張ってきて、
勿体振るほどのこともないんだけど。。

 

私が小学生4年生の時に、
父親の部下でチーちゃんという20代後半位の
男性がたまに遊びに来ていました。

昔のサラリーマン風で、上司には絶対服従みたいな
雰囲気に私には見えた。

チーちゃんは、ちょっと頼りなさげで
やけに細〜い。

性格は実直で真面目な人。

あまりいきさつは分からないのだけど、
母が教えたくれたのは、

 

母:「チーちゃんはあなた達(姉と私のこと)のことが
不憫だからって、二人を遊びに連れて
行ってくれるんだって」

といった。

何が不憫かというと、
父親がいつも不在でどこにも遊びに
連れて行ってもらえない子供だからとのことでした。

何で父親がいつも不在かというと、
結核で何度も入院しているか、
あとは仕事とか付き合いとかで常に夜中帰りだったりで、

私たちは父親というものを知らないと言っていた。

これらの解釈が正しいかは別として、

そういうわけで、私たちはチーちゃんのお盆の
お里帰りに、連れて行かれることになった。

 

チーちゃんの実家で何があったかは、
実はほとんど覚えていない。

何を食べさせてもらったのか、
どこへ連れて行ってもらったのか、
誰がいたのかさえも全く記憶にないのだ。

ただ、たった一つだけ覚えていることがある。
忘れられないことがある。

 

昔の田舎だからか、寝るときは蚊帳が
かけられていた。
お盆の時期なので暑い夜だった。

 

チイちゃんのおばあちゃんは、
私を寝かしつけてくれた。

寝かしつけるって言ったって、
既に小学4年生の私を寝かしつける必要は
全くないのだが、

何を話すこともなく、
横になっている私をずっと見て、
ウチワであおいでくれている。

昔の人だから、浴衣を着て正座をして、
ゆっくりゆっくり扇いでくれる。

柔らかい風だった。
リズムも遅くなく早くなく、
とっても心地いいリズム。

私の呼吸に合わせるが如く、
穏やかの風が私に寄せられる。

 

私は、いつもと環境が違ったせいなのか、
全然寝付けないでいた。

寝返りをして薄い夏掛けが捲れると、
おばあちゃんは丁寧にそっと直してくれた。

おばあちゃんが
せっかく寝かしつけてくれているのに、

寝ないと申し訳ないので、寝たふりをした。

ちゃんと寝たふりをしているのに、
おばあちゃんは扇ぐのをやめない。

一時間も時間は経過しただろう時に、
私はうつらうつらしだしたが、
おばあちゃんはまだ手を動かしている。

とっても暑い夏の夜なのに、
おばあちゃんは足も崩すことなく、
ずっとずっと。

「おばあちゃん、何で止めないの?
疲れちゃうよ。」

って聞きたかったけど、
寝たふりしているから聞けないでいる私。
次の夜もお泊まりしたので、また同じことが起きた。

 

次の日は、私は寝たふりをしなかった。
それより寝るのがもったいなかった。

 

那旺:「おばあちゃん、疲れないの?
何でそんなにずっと私のために扇いでくれるの?

 

おばあちゃん:「なおちゃん、何も気にせんと
いいんですよ。おばあちゃん疲れないから大丈夫。
大事なお嬢ちゃんが虫に刺されたり、

寝れなくてはいけないからね。
大きく育ってもらわなきゃならないお人だから・・、

安心してお眠りなさいな」

って。。

おばあちゃんにすまないし、
勿体なくて仕方なかったけど、

おばあちゃんの言葉を聞いて安心した。

こんなふた晩を過ごしただけの事だけど、
おばあちゃんの顔さえも声も何も覚えていないけど、

あの風の心地よさを私は一生忘れていない。
おばあちゃんはとっくに亡くなっているだろう。
もしかしたらチイちゃんさえも、
この世にはいないかもしれないけど、

私の心に大きく、深く残っている。

 

死してもその人の心に残り続けるのって、
年月でも、血縁でも、お金でもない。

あの時のおばあちゃんの眼差しが今の私を
育てている。

たかが孫の上司の子供である私に、
生きるための息吹を扇ぎかけてくれた。

 

おばあちゃん子って、
おばあちゃんが持つ独特のエネルギーでもって、

こんな感じで
健やかに育っていくのだろう。

 

愛

(おばあちゃんの私を見る眼差しは
忘れないよ、ありがと