心震える祝詞を求めて④

ここまでの話。
そもそもクイントエッセンスと
ロゴストロンの「コレ、な〜んだ?」

というシリーズから話は始まったのだ。

で、七沢研究所の七沢賢治先生が
それらを発明されているので、
ここでご紹介したんでしたよね。


で、七沢賢治先生が山梨県のご自宅に
神殿を構えてられることを
魔法学校のMちゃんから聞いて、

私はその話に飛びついた。
そして連れて行ってもらえることに
なったのだ。

で、何で飛びついたかというと、

私はある夢があって、
それを果たすために神職の資格が必要だと
思い、

思いがけなくツテを頼りに神職の資格を
手に入れる手前までいったのに、
それなのにそれなのに。。

書類を揃えて神社庁に行き、
本籍濡れ衣事件に巻き込まれ、
書類の受理をされずにとどまった。

 

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波平父さんも血管が切れそうです。

「こんなしゃらくせ〜ところの

世話にはならぬ」とイジけた江戸っ子の
私は夢を諦めきれず、

大本教の道場修行に行ったり、
色々な古神道の見学をし歩いた。

そんな時に、Mちゃんから
七沢先生の話を聞いて、

 

「コレじゃ〜!」
と飛びついた訳ね。

 

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コレ、にゃ〜〜〜ん。。

 

相変わらずだいぶ横道にそれましたね〜。

で、朝早くから高速バスに乗って、
Mちゃんと山梨まで行きました。

わ〜い、生まれて初めて白袴履いた。
大学の卒業式には紺色袴だったけど、
白いのは、これまたいいの〜。

 

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シャキッとした姿。
七沢先生の自宅の一間を神殿にして、
祝詞を一緒に挙げさせていただきました。

伯家神道は別名 白川(しらかわ)神道と呼ばれ、
そのルーツは日本語と同様に1万年以上前まで
さかのぼることができます。

今までには経験のない所作がありまして、
新鮮な感覚です。

4拍手をするのですが、

ここで、サイトを利用してコピペします。

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顔の前で天津神(天神)に一拍、
胸の前で国津神(地祇)に一拍、
そして遠津御祖神(とおつみおやのかみ)に
腰の後ろで一拍……という拍手法がここで
述べられているが、

この短い所作の中にも「十種神宝御法」の精髄が
凝縮されており、それはそのまま伯家神道の思想に
直結する。

七沢氏は、この拍手法の真義について、
まず「神」とは何かというところから順を追って解説する。

「神道における神は基本的には非人格神です。
しかし、人格神のような存在もおり、
その最たるものが先祖神です。

先祖は人格を持つ存在ですから、
亡くなったときに形のない存在になったとしても、
ある種の人格神として捉えることができます。

十種神宝御法における三種の拍手は満州の
シャーマンが行っているものとよく似ており、

四種の拍手は中国古典の易経のもととなった河図(かと)
九数図の順序で拍手をします。

七種の拍手に関しては日本舞踊にも同様の所作があります」

七沢氏によると、1万年以上のルーツを持つ霊性の文化遺伝子
をうまく統合したものが伯家神道の作法であるという。

しかも単にミックスしたのではなく、
どのような所作(しょさ)がどのような意識体験をもたらすのかを
徹底的に実験した上で構築しているため、

それを行ずるものは誰もが豊穣(ほうじょう)な
知的・霊的資源にアクセスし、

それを体感的な叡智として自身のうちに取り込むことが
可能になるというのだ。

 

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このように、4拍手という意味では、
大本教も同じです。

よくよく聞いてみると、
出口王仁三郎さんも白川伯家神道の
流れを取り入れているとのことでした。

私なりに順序正しく歩いている様な
気がしてなりません。

 

こうやって、私は自分の心が触れる
祝詞を探したのであります。

 

今、七沢先生のところの神殿は
白川学館という神殿を建てられたそうで、
私はまだ拝見していないのですが、

白川伯家神道を継がれる事になった
形をしっかり残された七沢先生の
志を私はご立派だと思います。

白川伯家神道は、
孝明天皇の時代からあることが
きっかけで、排斥されてしまいました。

力のあるもの、価値のあるもの、
本物、能力のあるものは、
色んな困難にあい、

排除されてしまうものです。

大本襲撃事件も同様に思います。

でも、小さく息を忍ばせながら
死に絶えるぎりぎりの状態でも
復活するのです。

孝明天皇の意思を継いで、
七沢先生から教えていただいた、
天皇家伝来のこの祝詞を大切に
あげていきたいと思っています。

 

<続く>