真央ちゃん・両極を観る

前回のブログは森喜朗ちゃんの浅田真央ちゃんに対する発言。

「負けると分かっていた 」
「 大事なときには必ず転ぶ 」というエネルギーが
私たちの声にもありませんか?
の続き。

それに対して真央ちゃんの昨日の会見。

「人間なので失敗することもある。

失敗したくて失敗しているわけじゃない」と言うと、
「私は別になんとも思っていないですけど、
森さんが今、後悔しているのではないかなと思います」

て~のって、
真央ちゃんの中に、ちゃんと中心線があるのがわかっている
発言に聞こえました。
何故なら堂々としていて、まったく嫌みがないから。

あのショートプログラムの失敗での落胆と、
フリーの最高の演技とのギャップの中で、
彼女は何かを悟ったのだと思います。

人間は短期間で両極の究極な感情に振れると、
一瞬、右脳だけしか使えなくなる。
その時、何か得体のしれないものが、
自分の中に湧き上がるものなのです

根拠はないけど、「わたしは大丈夫!」という絶対なる何かに触れる
のだと思います。

だから、会見であのような言葉が出て来る。
嫌みのない、ネガティブな感情にまったく動じない反応が

今回のオリンピックで、
真央ちゃんは大いなるものの愛を受け取ったからこそ、
私たちはそのエネルギーに感動するのだと思う。

真央ちゃんの演技だけでなく、それも含めた彼女そのものに
私たちは感動し、私たちの中にも必ずある「根拠のない自信(愛)
」を真央ちゃんが目覚めさせてくれたのでしょう。

そうなると、森ちゃんのお代官様キャラは、けっして悪い訳でもなく、
最高のはまり役状態になってますね

私たちは恐れも受け取れるし、愛も受け取れる。
どっちが多く受け取りたいかは自分次第だからね~~。

私はその両極をどうしたいか?を選択してもらう為の
立会人、「カタリストという仕事をしています。

真央ちゃんありがとね。
そして選手たちやその家族、協力者、みんなありがとね

 

<まだ続くかも>