霊能者シリーズの私の迷い(中国大連事件)⑧


 

 

さて、それからどうなったんでしょか?

 

私が、中国で不幸にも亡くなられた、
戦争の被害者たちの存在を、

26年11月に、

blogによって公開することに
なったのです。

まさかそれが、寝た子を起こすことに
なるとは知らずに。

 

images-2

ふにゃ〜、びっくりしたな〜も〜。
わしゃ目覚めたにゃろめ。

 

でも、どこかで分かっていたのだと思う。

その証拠に記事を書くことが、
なかなか吹っ切れなかったからだよね。

すごく迷っていた。根拠もなく。

多分無意識のレベルで、
とてつもないパワーを持った霊能者が
現れるのを、待っていたのだろう。

当然私は彼女に霊能があるとは、
その時はわかって
いなかった。
重篤な病を持ち、手術や薬漬けになっている
彼女には今やその力はなかった。

そんな状態の時に彼女が現れたのもあるが、
そのクライアントさん自身も、

自分にどれだけの能力があるのか
あまりわかっていなかったのでは
ないだろうか。

 

重度の病い(不治の病とも言える
かもしれない)クライアントさんが
セッションに来られてから3ヶ月位して、
私はblogを公開しました。

 

blogを欠かさず見てくれている
彼女はこう言いました。

最初は、「那旺先生、なんであんな
事を書いちゃったんですか?
お体大丈夫ですか?」

と仰っていた
クライアントさんでしたが、

3ヶ月コースのセッションの最終日には、

 

「今はまだ病気が治ったばかりで、
自信がないけれど、

那旺先生が上げきれなかった
残りの霊さんたちがまだいらしたのなら、

私が元気になったら必ずさせて貰います」

と宣言された。

顔には本気な雰囲気がバリバリです

 

病気の残像なんって、見えません。
オーラが違いますからね

 

彼女が現在の医療では到底克服するのは
難しいとされている病を完全復活した
のが、今年の1月です。

彼女は3ヶ月コースが終わって1月に
また単発のセッションに来てくれた
時にこう言いました。

 

「那旺先生、無事に全員あげさせて
貰いましたよ〜」

さらに、彼女はこういうのです。

「やっぱりこの人、本物だ!」

 

と思わせることを・・。

 

images

 

 

「那旺先生、
私、霊さんたちにこう提案したんです。」

<ごめん。まだ続く>