<このカードの解説>
竹は松よりも美しいとか、松は竹よりも貴重だとか、いったい誰があなたに教えたのでしょう?
松はこの竹のよ うに自分も中が空っぽな幹がほしいと願っている。
あなたはそう思いますか?
その一方で竹は、松の方が大きいし、秋になったら葉の色が変わるので、嫉妬するでしょうか?
二本の木が自分たちを比べ合っているという考え方そのものがばかげていますが、私たち人間にはこの習性を断切るのがとてもむずか しいようです。
現実を直視しましょう。
あなたより美しい人、才能のある人、強い人、頭のいい人、あるいは明らかに幸せそう な人は常にいます。
そして逆に、こうしたすべての意味であなたに及ばない人もつねにいます。
本来の自分を見いだす道 は、
他人と自分を比較することで得られることはない。
今自分が気付いている最良の方法によって、
自分の潜在能力をいかに自分が実現させていき、
それを見ていくことによって得られのです。
<Oshoの言葉>
比較は劣等感を、優越感をもたらす。
比較しなければ、すべての劣等感、すべての優越感は消える。
そのときこそ、あなたは在る。ただそこに在る。
小さな潅木、あるいは大きく高い木。そんなことは関係ない。あなたはあなた自身だ。
あなたは必要とされている。草の葉は、もっとも大きな星と同じように必要とされている。
その草の葉がなければ、神は在るべき自分より少なくなってしまう。
郭公(かっこう) のこの声は、どのようなブッダとも同じくらい必要とされているのだ。
もしこの郭公が消えたら、世界はより少なくなる、豊かさがより少なくなってしまう。
ちょっとまわりを見てみるがいい。すべてが必要とされていて、
あらゆるものが互いにぴったり合っている。
それは有機的なひとつのまとまりだ。
高いものは誰もいないし、低いものも誰もいない。
優れているものは誰もいないし、劣っているものも誰もいない。
誰もが比較できないほどユニークだ。
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私たちって、お母さんのお腹にいるときから既に比較をされているような気がする。
セッションでリバーシング(再誕生のセラピー)をしていると、そのことを私は何度も感じる。
この比較される空しさ。いつの間にかエネルギーが無くなっている。
そんなの、当たり前やん。
あるがままの、まんまの自分を受け止めてもらえなかった経験が、今の私たちを支配するのだから。
お腹の中でもそれが起こっている。
お母さんやお父さんの考え(意識)を胎児は敏感に感じている。
「この子、男の子じゃなかったら嫌だな」「頭の賢くない子なら困るわ」なんて、ね。
こういう心の闇は、人間のもつDNAシステムに組み込まれ、ずうっと引き継がれていくのかな~。
「恐れ」の大王道パターン。
と、ぼやいてもさらにジメジメしてくるやん。
じゃあ、気が付いたもの勝ちで、先にケツ捲っちゃおうよ。
だから~~~~~、皆さんご一緒に、
「降参~!サレンダーしま~す!イチ抜けます!」っていっちゃっていいよ。
<続く>