メリーは阪神大震災の起きた前の年の6月に生まれた。
メリーのお父さんとお母さんは、アメリカと日本のチャンピオン犬であったために、
その遺伝子を持つメリーは申し分なくチャーミングだった。
そんなメリーと離れて暮すようになってから、既に8年も経っていました。
自分の身勝手な理由で、メリーと別れる選択をしたことに対し、
私はずっと罪悪感を感じていたのです。
犬は、会いたくても自分では会いに来れないですから。
あれから8年経った今、メリーは私の前に現れた。
それなのに、その変わり果てた姿に私は愕然とした。
あの、「美人ね!」って言われていたメリーは、
本当に使い古された、血のついたモップの様になっていた。
激ヤセで10キロを超えていた体重が、4キロを切っていた。
背骨がラクダのコブのよう凸凹して、
小さくなったお尻にオムツをして、
ゴージャスだったブロンドの毛は、毛ツヤもなく、
尻尾はネズミさん?みたいに細くなり、
私が何といっても悲しかったのは、目がどんよりと濁り、
黒目が見えない状態だった事です。
目に薄緑がかった白い布が貼ってあるみたいだった。
かつて、メリーは家族の中で私のことが一番好きで、
私が何の命令をしなくても、アイコンタクトをするだけで、
メリーはそばにやってきます。
気遣いがありすぎて、私の行くところを探知しては先回りをします。
聴覚がとっても優れた犬なので、レーダー探知機が、
耳に付いているかの様です。
しかし、この時、既にメリーは視覚も聴覚も失っていました。
残っているのは臭覚でした。
つまり、愛らしいアイコンタクトも今となっては為されず、
名前を呼んでも、全く反応はありませんでした。
タオルケットに寝かすと、何か、血らしいものがあちこちに付いています。
目の周りは茶色い目ヤニが常時出ているし、
オムツを外すと、下血をしているみたいでした。
早速ご飯を食べたら下痢です。
あれ~、畳が~、カーペットが~、
下血混じりの粘液が混ざったゼリー状の下痢です。
半端なく拭いても落ちません。
夕方の散歩に出かけました。
よたよたと、オシッコをするために、歩きます。
通りすがりのおじいさんが、メリーを見つけて、
「あれ~、老衰かい?骨と皮だけになってるな~。かわいそうに…、
もう少しで楽になるから、あとちょっとだけ頑張るんだぞ。」
おじいさんは、杖をつきながら歩いて来た顔見知りのお婆さんに、
「おっ、婆さん、この犬、かわいそうだろう。老衰、老衰よ。
あんたもわしも、一緒一緒。」
お婆さんも、「あら、ホントだ。あともう少し、辛いけど頑張るんだよ!」
と、通りすがりの二人から慰めの言葉を貰った私は、
メガネが曇るほど、号泣をしてしまった。
この時から、私は老いと向き合うことになった。
私の祖父母や両親は、皆、70歳前に亡くなっており、
病については学ばされたものの、
老いていく問題には、全く触れていなかった気がする。
メリーは、私に病気と老いについてレクチャーしてくれる為に、
現れたのかもしれない。
それと同時に、私の罪悪感を消し去るために、
こんなに頑張って生きてくれた。
私の罪悪感を手放してもイイからと、
メッセンジャーとなって、
こうやって来てくれた。
この再会の運命が、私は愛おしくて仕方ないのだ。
次回に続く